スポンサーサイト



上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

祖父の手紙



 俺の初めて借りた一人暮らしの、安アパートの一室。
 そこには思いがけぬ先客が居た。
 幽霊、と言う奴で。
 それは、それで構わなかった。
 女性で、美人だったし。別に呪ってきたり、そういうヒトでは無いらしいから。
 どうして彼女が幽霊としてやっているのか、それは知らない。どんな未練があるのかなんて、知りはしないし。興味がないわけではないけれど、高校生の俺に年上の女性の思いなんて、抱えきれるとは思えなかったから、聞いたりはしない。
 ボォっとしている時分の自分。彼女が俺に話しかけてくる。
「ご飯はどうするの?」
「自炊、できないからなぁ…。祖父さんに任せっぱなしだったし。また、コンビニかな。」
「作ったげよーか?」
「…あんた、そういうことまで出来るわけ?包丁だのフライパンだのがキッチンを独りでに宙を浮いている光景って、多分きっと、怖いんだけど。」
「えっ?いやいや、そういうのは無理。ポルターガイスト現象って奴のことでしょ?やったことないし。あっ、試そうか?」
「結構です。で、じゃあどうやってやんの?」
「忘れたの?私いまあなたに憑いてるんだけど。」
「…あぁ、あ~。うん、いや、別に忘れてないけどさ。えっ、つまり俺の身体を拝借して料理作ってくれるっての?」
「嫌じゃなければね。」
「…たまには、まともなものも食べとくべきか。お願いしますよ。」
「りょうか~い。じゃあ、スーパーに行こ?」
「あいあい。」
 そう、つまり彼女は安アパートの地縛霊、と言う訳でもなく、俺に憑依してしまったという奴で、妙に元気で、明るい人のようだった。

 例えば学校。
 抜き打ちのテストに、どうしても分からない問題にひたすらに悩み、ついにお手上げ。
 そんな時、俺の前にひょっこり現れては、俺にしか聞こえない声でそっとヒントを耳打ちしてくる。
「さぁ、このお返しに何をしてくれる?退屈させたら酷いからね?」
 声で答えられない俺、コクリと頷く。

 例えば写真。
 コチラで出来た友人たちと、遊びに歩き、写真好きの友人の、コンデジで撮ったその一枚に、そっと腕だけ写して見せたり。
「話の種になったでしょ?あっ、供養するからとか言って、印刷したの貰ってきてよ。いやぁ、幽霊になってから写真を残せるとは思ってなかったし。」
 貰ってきた写真。手しか写ってないのに嬉しそうに両手で抱えて眺めてる。

 例えば深夜。
 俺だけに憑けるというわけでもない彼女。
 シャンプーの切れたのを急に思い出して、コンビニ帰り、警察官に呼び止められて。しどろもどろになってる所。
「あっ、先帰ってて、すぐに帰るから。」
 警察官の声で、彼女の口調で。スタスタ俺の前から警察官が去っていく。

 今日だって、スーパーから帰ってきて、俺の体を使って、随分と手際良くフライパンを扱って、一汁三菜作り上げた。
 までは良かったのだが。
「あぁ~、久しぶりのご飯。どうかな?美味しいかな?あっ、行ける行ける。美味しい美味しい。さすが私じゃない?」
(いや、その、あんたが俺の身体使ってっからさ。味とか、さっぱ分かんねーんだけど。)
「煮付けも最高!やっぱ才能あるなぁ私。」
(ちょっと、あの、俺のための飯って話じゃ…。)
 そんな訳で結局、彼女が食べ終えるまで、俺は味覚の一つも覚えないまま。
 胃にずっしりと重さを感じ、舌には確かに醤油、味醂の後味が残っていて。
「あはは。その、ごめん。ほら、久しぶり、だし?」
「…はぁ、まぁ、いいよ。あんたが作ってくれたわけだしさ。まぁ、でも一口ぐらいは食いたかった。」
「あはっ…今度、また、ね?」
 少しかすれた笑い声、喜んでいるような。でも何か、失ったものを思い返しているような。

 良い大学に行く必要があった。
 稼ぐのだ。稼ぐのだ。稼がねばならぬのだ。
 強迫観念のように、自分の頭に毎日刻みつけている言葉。大量の砂粒のような教科書の文字で削られぬほど、深く刻みつけた言葉。金が要る。少なくとも大人二人、悠々と暮らせるように。恩義を返さねばならない。
 思いつめながら、血走った目で机にかじりついている。
 そんな時は決まって彼女は居ない。いや、そんな時だからこそ、そんな風にガムシャラに勉強しているんだろうと思う。こんな周りも見えず、ただただ目の前のことだけに集中している姿、同居人には見せられない。
 何故ならば。
「ただいま~。」
 剣呑な目付きを、ぎゅっとまぶた閉じて、誤魔化してみせた。
「おかえり。」
「あっ、うわっ、うわぁ~。」
「何何?どったの?」
「いやさぁ、結構長いことここ空き部屋でさぁ。私のこと見えた人なんて居ないのに、寒気がするとか言って、すぐ出て行っちゃうし。いや、そーゆーんじゃないか。そのね、単に、おかえりって、すごく嬉しいなぁ…って。ずっと聞いたことのない言葉だし。どちらかと言うと言うばかりだったし。」
 そんな風にぐずっているから。尚更俺は、彼女に何も聴けなくなる。いつか彼女と肩並べられるほどに大人になって見たら、その時には聞いてみたいと思うけど。まだ今は、俺には重いし。それでなくても。俺には今、一つのものしか見えないから。


 そんな一つのもの、急に失われてしまったのだけど。


『お前が格安の借家に住んだこと、少し残念に思う。
私に対しての気遣いなら、それは的外れなものだ。
ともかく、たまには顔に見せに来い。
ー祖父よりー』

 俺が一人暮らしを始めて、最初に貰った手紙はとても簡素なもので。
 それでもそれが俺に対する心配りに満ちていることは、良く分かって前読んだ時は、ありがたいなって思っただけなのに。
 今は、とても哀しい。手紙を胸のポケットにしまいこむ。

 俺を生んですぐ死んでしまった両親のかわりに、俺を育ててくれたのは、祖父だった。
 祖父自身、最愛の息子とその妻。それでなくてもその数ヶ月前に連れ合いを亡くした所で、心の余裕など無かっただろうに、俺を引き取り、泣き言の類一つ言わずに、俺を育ててくれた。
 厳しくも会ったが、とても穏やかで、優しい人だった。大好きな家族だ。
 尊敬している。ずっと、尊敬していた。

 彼は、もう居ない。

 俺は、静かに泣きながら、喪主を終え、ただ今帰宅した。

 それでも祖父さん、格安なアパートだけど、意外な出会いだってあるんだ。

 俺は玄関を開けて、ネクタイをはずしながら、ただいまと言う。
「…おかえり。大丈夫?目、赤いね。ちゃんと水分取った方がいいよ。」
「…ありがとう。」
 いつも軽口を言い合ってる仲なのに、こんな時は甘えさせてくれて。だから素直に感謝の言葉がポツリと出た。
 コップに水を汲んで飲みながら、俺はぽつぽつと話し出す。
「祖父さんはさ、大変だったと思うんだよね。 俺はまだ小さくて、父さん母さんが死んだのなんて受け止め切れなかったけど、祖父さんは良い大人で、息子に先に死なれて、そのうえ泣きじゃくるだけのガキを抱えて…」
「うん。」
「本当は泣いたときもあったのかもしれないけど、俺にはそんなところ、一度も見せなくて。最初の頃の祖父さんの飯なんてひどいもんでさ。でも一生懸命作ってたから、ガキながらに不味いなんて言えなくて、美味しいとかさ。言って。それを見てすまなさそうな顔して。」
 些細な思い出が脈絡無く頭をよぎり、それをそのまま口に出す支離滅裂な言葉に、彼女は静かに相槌をうってくれる。
「怒ると怖くて。俺が泣き出すと、男は泣くもんじゃないなんて、また怒って。悔しいから泣き止むとさ、笑顔でよしって言って褒めるんだ。あぁ、でもだめだなぁ。俺、今泣いてる…。」
「…お祖父さんの事、好きだったんだね。」
「…うん…今の高校だって、祖父さんが勉強見てくれながら、何とか入って、でも無理させてんの分かったからさ…火事とかだけでも、負担減らしたくって…ここに住むのを決めて、でもそんなのお見通しで…こんな手紙送って来るんだ…祖父さんにはとても適わなくて…憧れてたんだ。」
「お祖父さんも、寂しかったんだよ。男が巣立って行っちゃうのがさ。」
「…でも、そのせいで祖父さんの死に目に会えなくて!!俺は…なんで…ぐっ…ひっく…。」
 嗚咽が止まらない。
「そんなこと気にしないで良い、ここを選んだおかげで、同居人にも恵まれたんだろう?幸せそうで、良かった。」
「…え?」
 それは、いつもの彼女の口調と違ったから、俺は彼女の方を見た。
 彼女は俺のすぐ横を指差し、何かを聞いて喋りだす。
「ついにお前を一人にしてしまったこと、すまないと思う。」
「祖父さん…?」
 彼女が頷く、彼女は俺の体に入ってきて憑依する。すれば、俺の目によく見知った姿が見えて。
 その姿はとても薄くて、今にも消えそう。俺じゃ見えないのが良く分かって。
「しばらく見ない内に立派に、成長したな。」
「…祖父さん…俺、俺!」
「…お前を残していくのが、唯一の気がかりだったが、大丈夫そうだと思ったのに、男は泣くもんじゃない。」
「…無理だよ…こんな…こんな…。」
 祖父さんがそっと俺を抱きしめてくれる。力強くて優しくて懐かしい感覚。俺の涙は止まらない。
「私はもういくよ。天国かどこかはしらないが、お前をずっと見守っている。私が見ていると、そういうつもりで頑張れ」
 祖父さんの姿が今にも消えかかろうとしていく、俺は手を伸ばす。祖父さんはそっと首を横に振る。
 俺から体半分出した彼女が祖父にお辞儀する。祖父もまたお辞儀をして最後に祖父らしく。
 彼女に「ありがとう」と言う。
 俺に向けて「さようなら、だ。頑張るんだぞ」と言って、とうとう消えた。

 俺はその日夜を徹して泣き明かした、彼女はそんな俺を、暖かく優しく抱きしめてくれていた。
 俺は今度こそ、俺を支えてくれるこの場所を、この相手を守ろうと思いながら、意識を閉じた。
スポンサーサイト
プロフィール

調子

Author:調子
男。178cm、57kg。昭和六十年生まれ。
喫煙者、飲酒家、博打打ち。ろくでなし。
好きな風呂は檜風呂。
愛車は1985年製のSR500。
けれども俺はヒノキ花粉症。おのれひのきめ、いつの日か必ずや檜風呂にしてケツに敷いてくれる。そろそろここに書くネタがないや。
著作権は特に主張したりとかは、ないです、短いからかぶってそうなこともありそうだし、何よりそんな暇があれば、次のを書く。もちろん侵害する気もないのではからずも盗作になっていた場合には対処します。
拍手コメントの返信は土曜日に一括でやらせて頂きます。ご了承ください。

メール


最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。